ぼんくらガイダンス

ニッチな我らのニッチな適応術

二人は友達

発売22年目のリアル街週間、おめでとう!2020年の今、街ファン街バカの皆さまはいかがお過ごし?生活の変化に戸惑い、密かに我慢してイライラをため込んではいませんか?

 

今回はそんなコロナ禍の我々のように「5日で17キロ痩せないと別れる」と彼氏に言われ、ダイエットという生活の変化に見舞われた美子について書いてみよう。 

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このシナリオ、「美子の見る夢がグロい」「コメディーの皮を被ったホラー」なんて感想もある。実際サターン版の説明書にも“追い詰められた美子は次第に過激な手段を取るようになっていく”と記載がある。爆弾犯を追い詰めたり、脅迫で1万円巻き上げたりする他シナリオとは違い、ほのぼの担当だと思って読み進めていくと、その展開に驚くはずだ。しかしこのシナリオの魅力は、そんな意外性だけではない。一番の魅力、それは秋山薫との友情であると言いたい。ここではそんな二人の関係について考えてみる。

 

※以下、「サウンドノベル 街 -machi-」(SS)、「街~運命の交差点~」(PS)、「街~運命の交差点~特別篇」(PSP)の『やせるおもい』についてネタバレがあり、プレイ済みの方向けとなります。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ではまず、二人の仲をさらっとおさらいしよう。二人は書店のバイト仲間で美子が先輩、薫が後輩、年も薫が美子の1つ下である。接点はバイト先が同じ、それくらいだろうか。二人は美子のダイエットをきっかけに、ギクシャクしたり仲を深めたり、大ゲンカしたりしている。考えたいのはどうしてあそこまで二人の仲がこじれてしまったのか?という点だ。 

 

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美子が薫を評するセリフがある。

カオルのおせっかい……親切で、優しくて、キレイで……やせてて[2日目15:30]

食事抜きでのバイト中にミスを連発し、薫から病院で診てもらうよう勧められた美子。一人渋谷を歩きながらこうつぶやく。やせている薫にダイエットしていることを隠したまま。

 

一方薫は(主に空腹で)様子のおかしい美子にこう告げる。

美子さんにとっては、職場だけのつきあいかも知れないけど……わたしにとっては美子さんは大事なセンパイです

 (中略)

わたしチカラになります![3日目8:50] 

このまっすぐな言葉に心を打たれ、美子は薫に悩みを打ち明ける。薫との距離は今までより縮まっていく。

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美子の顔を見るだけで何でも気付いてくれる薫。まるで美子の全てをわかっているかのように。この心強い一体感、二人はもはや一心同体?

病めるときも健やかなるときも、変わらぬ友情ですよ

(中略)
そして、ヤセるときもふくよかなるときも[3日目8:50]

しかし、二人は別々の人間だ。美子が痩せても太っても薫に変化が起こる訳ではない。こんなに違う体形でも、美子の悩みを薫はわかってくれるのだろうか?本当に?美子の心に疑念が浮かぶ。

 

 

 

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そんな美子の気持ちを知ってか知らずか、薫は的確なアドバイスと共に、美子の複雑に変化した悩みへ迫って来る。その時、美子の目に映るのは薫の細い足、細い指。高まった一体感は二人の違いを突き付けられたことで失われ、深まった友情は心の奥まで暴こうとする。知られたくないのに、親しくなったからこそ隠し通せない。

「カオルにはわたしの気持ちなんてわかんないのよッ」[4日目11:00]

こうして、友情に亀裂が入ってしまう。

 

【余談】プレイヤーの皆さまはご存知のとおり、友情崩壊への最後の一押しは、薫と洋一の密会を美子が目撃したことだ。でもこれは完全なる勘違いなので、ここでは割愛。苦悩でいっぱいの美子はロボへ変身し、ダイエットのラストスパート!これも一つのアンガーマネジメントなのか?すごいぞ美子!

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ダイエット最終日の5日目、ケンカをしたのに薫はわざわざ自宅まで様子を見に来てくれる。ここで薫からとある過去が語られるのだが、美子はそれを上手く飲みこめない。美子が今までわかり合えていると思い込んでいた薫とは、全く別の薫の話だったからだ。美子から見えた薫はほんの一面に過ぎなかったのだ。薫もまた心の奥にしまっていた葛藤を美子によって引っ張り出されていた。友情であれ愛情であれ、深い関係には恐ろしさがつきまとう。

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友達なんて、自分の命を顧みず相手のために行動する「走れメロス」的関係から、学校やバイト先で出会い何となく共に過ごすような関係まで、その濃さは様々だ。

 

『友達』に明確な定義なんて無い。

同じ目標を持ってなくてもいい。

抱く理想が違ってもいい。

貧富や優劣の評価も必要ない。

いっそ善悪の感覚が別々でも問題は無いのだ。

 

さて、二人はまだ友達なのだろうか?

 

仲が深まったことで、バランスを失ってしまった二人。友達に明確な定義は無いとなると、その答えは二人の中にしかない。あの時美子が「友達じゃない」と答えなかったことは一つのヒントなのだろう。では薫は?薫は美子をどう思っていたのだろう?ここまでの薫の行動を振り返れば、予想は難しくないはずだ。

 

 

 

 

だが、最後に一つ問題があると気付いた。美子と同じく、プレイヤーもまた薫の一面しか知らないのだった。 

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……なので、この点は街2発売後に改めて考察するとしよう。

ここまでお付き合いありがとうございました。

 

※画像は「サウンドノベル街-machi-」より引用

 

厚士と花火

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1998年1月22日にセガサターンソフト「サウンドノベル 街 -machi-」が発売され、22年の時が流れた。長野オリンピックパラリンピックが開催され、ドリームキャスト発売でゲーム好きは盛り上がったあの年だ。あの頃、少年少女だった人達もすっかり大人になった事だろう。

 

一年前、ブログに隆士の向かう場所について考察を書いた。

 

moon-ak86.hatenablog.com

 

今回はそのちょっとした続き、隆士の父・高峰厚士について考えてみようと思う。

 

※以下、「サウンドノベル 街 -machi-」(SS)、「街~運命の交差点~」(PS)、「街~運命の交差点~特別篇」(PSP)についてのネタバレがあり、プレイ済みの方向けとなります。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

渋谷の空に上がる美しい打ち上げ花火、どのシナリオもこの花火がラストを飾る。プレイ済みの方はご存知のように、この企画は厚士によるものだ。では、この花火で厚士が伝えようとしていた事とは?その想いに迫ってみよう。

 

所謂隠しシナリオである厚士の『花火』はとても短い。1日目の朝は、息子・隆士の夢から目覚めるシーンで始まる。夢に出る隆士は、話し方や画像から推測すると5歳くらいだろうか。仲睦まじく父子で花火をする姿が印象的だ。回想の隆士はずっとこの姿だ。隆士が22歳と3ヵ月で渋谷区松濤の家から飛び出す数年前には、ほとんど口もきかなくなっていたようだが、厚士の中にいる隆士はそれよりずっと幼い。厚士にとっての隆士は花火が大好きで、その花火よりもっと“おとうちゃん”が好きだった頃のまま止まっている。

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恐らく厚士は、家庭の事を妻の霞に任せっきりだったのだろう。少々ステレオタイプな見方だが、会社での立場や家庭での振舞いを考えると、そう想像出来る。成長して体も大きくなり、やたらと格闘技を覚えたがる隆士に戸惑い、忙しい日々にかまけて、いずれ自分を越えていく息子から目をそらした。かわいい“隆クン”のままで居て欲しい、かなわぬ願望が夢には現れていた。

 

そんな二人の再会は最悪な形で終わる。
実際は3年ぶりだが、厚士にとっての隆士は5歳のままなのだから、20年ぶりに再会した、くらいの感覚だろう。隆士の目から心の叫びは読めても、寄り添う事は出来ない。寄り添うなんて一緒に住んでいた頃からずっとしていないのに、いきなり出来るわけないだろう。

 

厚士と隆士がお互いに“家”という狭い世界で無視し合ってきた年月は、重くのしかかる。

だが、家族って意外とお互いを知らないものだ。家庭の雰囲気が暗くなるのを気にして、真剣な話ほど避けてしまう。最後に向き合って話し合ったのはいつだろう。親の好きな食べ物や映画、尊敬してる人は?子供の親友、読んでる本ややりたい事……。ちゃんと答えられる大人に、今なれているだろうか。

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コテンパンにされた厚士が病院で見たのは、いつもと同じ“隆クン”の夢だ。

あいつは、花火が好きだった。[4日目12:10]

去っていく隆士の背中を見送るしかなかった厚士に今わかるのは、ただそれだけ。

まだ息子と向き合えていた頃、一緒に遊んだ花火、一緒に見上げた花火、ただそれだけ。

だから、花火を上げる。そう決めた。
隆士の生まれた10月15日の夜8時きっかりに。
それは、とびきり大っぴらでとても微かな寄り添いの第一歩。

 

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【余談】花火の手配をしたのは街NO.1有能の呼び声も高いヨツビシの佐久間くん。どんな指示も一晩でやってくれます。そして全ての間違い電話は市川に通ず。

 

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どこに隆士がいても見えるように日本各地で花火を打ち上げたのは、厚士の「どこへ行ってもどこに居てもいい」というストレートなメッセージなのだと思っている。

奇しくも同じ頃、隆士は伍長からこんな言葉を受け取っていた。

男にとって、国とは、生まれたところではない。
育ったところでもないし、まして親兄弟のもとでもない。
己の、いるべき場所のことだ。[5日目17:00] 

己の居場所を求めていた隆士は、かつての居場所であった故郷の渋谷へ吸い寄せられるように戻ってきた。そんな渋谷の呪縛から解放する言葉を伍長はくれた。そして、厚士も同じ想いを花火に乗せていたのだ。

 

そんな事は露知らず、渋谷で花火を見上げる隆士。
打ち上げ花火の音は遠いジブチを思い出させるものだったかい?

 

最後まですれ違ったままの厚士と隆士。
だが、すれ違いながらも二人は同じ方向を見ていたのかもかも知れない。

 

そして思い出す。「このゲーム、渋谷を出ると必ずバッドエンドだったんだよね」という事を。

 

※画像は「サウンドノベル街-machi-」より引用

そうして父になるんだぜ陽平

ハロー、こんにちは、そしてチンチコール!やって来ました2019年のリアル街期間。10月11~15日は「サウンドノベル 街 -machi-」のファンにとって特別な時間!ゲームの舞台は1990年代後半の渋谷、インスタントカメラが女子高生必携のアイテムだった時代。その頃の10月11日から15日までの間、主人公達と取り巻く人々の交錯をこのゲームは描いている。

発売から21年と長い年月が経っても愛され続けているこの作品について、昨今はSNSの発展もあり、感想や考察を日々ファンの間で共有できるようになった。何年経っても新しい発見はあるもので、今回、ふっとした呟きをきっかけに主人公の1人である陽平について考えてみた。 

飛沢陽平“学園のアイドル”(説明書より)だが、その本性を知るはプレイヤーのみ。作中友達らしい友達の名前も出て来ず、両親への態度もややクール。18歳と主人公最年少ながら、降りかかる難問(自分で蒔いた種)にたった一人で立ち向かう。あの青ムシですら、白ブタという同志がいるのに!

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自称・親友の人。だが陽平にとっては…(今回出番ココだけ)

※以下、「サウンドノベル 街 -machi-」(SS)、「街~運命の交差点~」(PS)、「街~運命の交差点~特別篇」(PSP)の『で・き・ちゃっ・た』についてのネタバレがあり、プレイ済みの方向けとなります。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ではここからネタバレ全開で。
このシナリオは一晩だけの女…のはずだった亜美の「赤ちゃん、でき……ました」から始まり、それを乗り切ろうと繰り出される陽平の嘘をニヤニヤしながら見守るのが楽しいにシナリオ。最終的にこの現実からは逃れられず、受け入れていく……そのシーンがクライマックスだ。

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開始早々プレイヤーをビビらせる名シーン

では陽平はいかにしてこの現実を受け入れたのか。陽平に起こった変化とは何だったのか?それが今回のテーマ。

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こちらが陽平のプロフィール(引用元:街 公式ガイド ZAP'S)

まずは陽平について整理してみよう。先生からの信頼も厚い元生徒会長で、バスケ部時代は1年生ながら活躍する実力の持ち主。自身の外見の良さを自覚し、魅せ方も上手い。ま、ナルシストと考えて問題ない。それは正当な自己評価とも取れる。しかし度を超えたナルシズムには、苦悩から自分を守るための防御という側面がある。では、陽平の持つ苦悩とは何か。シナリオを読み返して思い当たるのはやはり、ユキの失踪である。

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元カノで初カノのユキへの態度は、ちょっと違うような

陽平の母、和子の証言。

ユキちゃんがいなくなってから、女の子の電話がひっきりなし

でも、ユキちゃん以外の女の子はウチには連れて来たことなかったわね
よっぽどユキちゃんにフラれたのがショックだったみたい

そう言えば、ユキと陽平は相談が無さ過ぎるという点で似てる。どこか信頼し合えない似た者カップルだったのかも知れない。で、ユキの失踪が全てとは言い切れないが、この件をきっかけに女グセがさらに悪くなっていったと推測出来る。ユキに突然去られた陽平は傷付き、心を癒すためそれまで以上に女の子を求めるが、大切な存在を失うのが怖いため、深い付き合いは避ける。再び訪れるかもしれない突然の喪失に備え、多めのスペアもぬかりなく準備。……理解は出来るが、認めてはいけない気のする考え方である。

【余談】
両親は放任主義、と陽平は言っている。この両親の元で育った結果、人に話しても無駄と考えるようになったのかもしれない。ただ高校3年生の子供への接し方として不自然なほどではないと思う。母和子と父周平の会話も噛み合ってないように見えるが、二人の間では成立しているようだ。両親の会話って、子供からすると理解不能な時があるよね。

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パンツはお母さんに買ってもらってる模様

複数の女の子にチヤホヤされたいくせに、美奈子の様にミス渋聖として有名な、プライドの高いお嬢様を彼女に選ぶあたり遊んでる男に見られるのは嫌、という意思も感じられ、なんて難しい男なのだろう。

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総監督(ウチトラ)も見とれる美奈子お嬢様

陽平の性格でもう一つ気になるのは、意思がとても強く、自分の意思を通すためなら、真実でも簡単にねじ捻じ曲げるところ。つまり優先順位が『自分の都合>真実』なので、簡単に嘘を重ねる。亜美に子供を諦めてもらう、そのためなら本来とは違う自分も演出しようとする(でもこの“嫌われる男”演出すら“モテるダメ男”っぽくてモテるキャラを捨てきれてない気が)。

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嫌われようとするも撃沈

真実を捻じ曲げてでも自分の意思を通そうとする執念を見せながら、亜美の意思を受け入れるそぶりは無い。これも強過ぎる自己愛のなせる業だと思う。

ボロクソに書いてしまったが、プレイ済みの方はご存知のように陽平は決して極悪人ではない。ただ自分のピンチの時にとんでもない自己中を発揮してしまうだけで、そうでもない時には人を思いやれる人物である。
誰もが皆、そんな風に微妙な心の揺らぎの中にある。

 

そんな訳で、自分の体裁のためなら、ユキ、亜美、美奈子の気持ちや立場なぞ糞くらえ!と言ったも同然の行動を繰り返す陽平。しかしその強い意志も通じない人物がいる。陽平とユキの子、優作だ。

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優作の糞をくらう陽平

優作の子守をすることになり、自分の理屈ではどうにもならない体験をする陽平。優作は思う通りに動いてはくれない。その事実には逆らえず、半強制的ながらもついに受け入れ、優作に接していく。陽平が自分の意思より、他人である優作を優先した記念すべき瞬間だ。
この時、陽平の変化スイッチが密かに起動し初めた。

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パパ姿も板についてきた?

静かに動き出したスイッチに陽平本人も気付かぬまま、白峰組長には逆らえず、自らの体裁を守るため結婚式を行うことに。相変わらずユキと亜美へまともな説明もしないままだったため、二人とも美奈子との結婚式に乗り込んできてしまう。ついに三人全員鉢合わせとなった。

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絵にかいたような修羅場

ユキも亜美も美奈子も陽平の言葉を信じていた。恋は盲目と言うが、今までの陽平がそれぞれ三人へした説明を思い出せば、ユキも亜美も陽平にとって自分が一番の存在だと思い込んでいても仕方ない。結婚式の最中である美奈子ももちろんそうだろう。三人とも陽平がモテる上、親しくしてる女性が他にもいるとわかっている。それでも、陽平の言葉をまっすぐに信じていた。それは、『陽平の言葉>状況証拠≒真実』だったからだ。

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ついに愛を知った陽平

深い愛を受け、過度のナルシズムから卒業し、変化スイッチの完全に入った陽平は、渋谷の街へと走り出した。もう守るべきものは、自分だけではない。

 

陽平が変われたのは、想いを受け取ってくれない優作の存在、そんな優作を陽平自身が受け入れられたこと。そして、その場しのぎの嘘でも真っ直ぐに信じてくれたユキと亜美の想いがあったからだ。この後、美奈子の本当の想いもダメ押しのように打ち明けられ、陽平はユキと亜美と美奈子、皆との未来を考えてゆくこととなる。

 

結局、陽平が変わるには3人分くらいの愛が必要だったのだろう。やっぱり難しい男だ。これから受けるであろう3倍の愛をしっかり注ぎ返せる人になってくれよ、陽平。

 

 

 

【おまけ】

歳若い彼らには大人の協力が必要です。全力でサポートしてくれそうな人を見つけました。きっと、3倍の愛の注ぎ方も教えてくれますよ! 

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通販会社オータムリーフ社長 秋葉雄三氏

 

※注釈のない画像については全て「サウンドノベル 街 -machi-」より引用

 

隆士と花火

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サウンドノベル「街」、ゲームという枠を越えて大切な作品だ。1998年発売当時、主人公の中でも最年少の陽平と同世代だった私も、発売から21年が経った今となっては、最年長の市川と同世代だ。歳を取ると共に、主人公たちの不可解だった行動が理解出来るようになった反面、時代の空気感も薄れ、当時の感覚を徐々に思い出せなくなってきている。それはまるで、再開発で変わってゆく舞台の渋谷と同じように。だから今、考えを少しでも残しておきたい。発売から21年目の記念すべき日に、改めて街に関する疑問と向き合ってみようと思う。


ずっと読み解けていない謎、それは、渋谷を彷徨い続けた隆士は、5日目のあの時、一体どこへ向かおうとしていたのか、だ。

 

※今回の記事は、サウンドノベル「街」(SS)、「街~運命の交差点~」(PS)、「街~運命の交差点~特別篇」(PSP)の『迷える外人部隊』についてのネタバレがあり、プレイ済みの方向けの記事となります。

 

もちろんこの疑問、街をクリアした人は簡単に答えられる。明確な場所を書いてしまえば、隆士はアフリカへ向かおうとしていた。しかし、それは隆士にとってどんな場所だったのか、そして、同時に渋谷とは何だったのか。

 

渋谷で降りたことに深い意味はない。
少なくとも、俺はそのつもりだった。

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隆士はレジョンの休暇を利用し、生まれ故郷の渋谷に戻って来た。しかし、自分でもここに居る訳を把握できないでいる。では、そもそも、隆士がレジョンへ入隊した理由は何だったのだろうか。それには恐らく、父親の仕事が関係している。表向きは世界的家電メーカーでありながら、裏で軍需産業を担う企業に属する父親を隆士は心底嫌っていた。

 

【余談】隆士が正志に対し、「ヒミツに武器を開発してたんまり儲けてる死の商人」、と“幹部クラスに知り合いのいる企業”を説明するバッドエンド(NO.5)、これにゲーム開始早々遭遇した人もいるはず。他シナリオのバッドエンドで語っちゃうほど、おとうちゃんの仕事が嫌いな隆クン!

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シナリオ中、父親の職業について触れる場面は多い。隆士は父の仕事の裏側について話そうとしない母や姉に対しても嫌気が差していて、さらにその感情は、そんな父親の財力に守られ育ってきた自分自身にも向けられている。父親を受け入れられないその一方で、隆士の中に親愛の情も見え隠れするが、その気持ちを伝えることはない。隆士は父親の仕事の先にある現実を確かめるため、レジョンへ入ったのかも知れない。

 

かくして、父の造りし銃をとり、手を血で染めた隆士は、戦場を逃げ出した今も暴力から離れられず、渋谷を彷徨う。平穏な日本にいら立ちを覚え、チンピラとのケンカに明け暮れる。眠りに就けば、戦場のフラッシュバックに襲われ、遠く銃声を聞いた気がして目を覚ます。

 

隆士はPTSD(心的外傷後ストレス障害)を発症している。

 

何度も何度もケンカを繰り返すのは、格闘に集中出来る状態が心地良いからだろう。戦地の緊迫感を知った隆士にとって、平和で穏やかな渋谷は、残酷なまでに戦場を、そして自分の行いを思い出させる。渋谷は紛れもなく隆士の故郷だ。しかし、今はもう、家族やかつての友人と同じ場所にいても、同じ時を過ごせない。

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繰り返す問答に、決定的な答えを見つけ出せないまま休暇も終わろうとした頃、隆士の足は、ホームレス伍長の元へ向かっていた。同じ目をしてねぐらをさがすハグレ鳥の二人、伍長もかつては兵士だった。

男にとって、国とは、生まれたところではない。

育ったところでもないし、まして親兄弟のもとでもない。

己の、いるべき場所のことだ。 

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伍長の言葉で、渋谷もレジョンも自分の居場所ではない事を悟り、自分を縛る物は何もなく、自由だったことに隆士は気付く。全てをふっきった隆士はコインに行く先を委ね、南へ向かうと決めた。

なんなら、アフリカにだって 

隆士はその思いつきに浮かれた。〈国〉へ、〈己のいるべき場所〉へ帰りたい、だからアフリカに向かう。 

 

隆士はアフリカに自分の居場所を作ろうとしていたのだ。

 

隆士とアフリカを結びつけるもの、それは、隆士が犯した罪ではないだろうか。もしかしたら、自由になったその体で、罪滅ぼしを、真っ先にしたかったのではないか。

 

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渋谷の空に花火が上がる。その景色を隆士はどんな気持ちで見上げていただろう。ドンッと響いたあの音に振り返った時、その音は隆士の大好きだった花火の音として聞こえていただろうか……。

 

真っ直ぐに自分の居場所を求めた隆士、そんな彼に共感する人はたくさんいると思う。誰だってちゃんと居場所を持てているかなんて、きっと上手く答えられないはずだ。

最後に一つ、伍長の言葉を借りておこう。 

人間は、もともと、いい加減で、気楽なものだ。

人間がいい加減で、気楽に生きられる時代が、これからもずっと続いて欲しい。そう願いつつ、街について考えることも、ずっと続けてゆくとしよう。

 

※画像は「サウンドノベル街-machi-」より引用

「街」発売20周年に寄せて

1998年1月22日、セガサターンチュンソフトサウンドノベル「街」が発売された。(後に「街~運命の交差点~」の名でプレイステーション、「街~運命の交差点~特別篇」の名でPSPに移植)

今日で発売20周年、マイオールタイムベストゲームだ。

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「街」は大ヒットした「かまいたちの夜」に続くサウンドノベル第三弾として発売された。しかし、当時のセガサターンの状況、実写ゲームという背景もあってか「かまいたち」のヒットには遠く及ばず、早々に発表されていた続編の話もいつの間にか立ち消えてしまった。当時購読していたセガサターンマガジンに載っていた売り上げ本数は、12万本程度だったと記憶している。それとは裏腹に熱狂的ファンは多く、名作アドベンチャーゲーム特集なんて組まれれば、必ず目にするタイトルでもある。


ゲーム開始時の主人公は8人、それぞれ年齢職業、シナリオの雰囲気もてんでんバラバラ。共通点は同じ時間に渋谷で生きている、ただそれだけ。プレイヤーはこの8人のシナリオをザッピングしながら何とか5日間(2人だけ3日間)を終えられるよう選択肢を選んでいく……のだが、この主人公達、さっぱり思うように動いてくれない。例えば、5日間で17キロ痩せねばならない主人公の1人[美子]、こいつがとんかつ屋に入るのを阻止しようとするものの、結局食べちゃうし。フランス外人部隊で一時帰国中の[隆士]、こいつが街中で暴れるのを避けようとするものの、結局警察沙汰の大乱闘になるし。で、プレイヤーの手に負えない場面がしばしば。そんな面倒くさいやつらが勢ぞろいしてる。


この面倒くさいやつらは、ちょこちょこすれ違う。とある主人公が電話をすれば、別な主人公の運命が、とある主人公がエレベーターに乗れば、別な主人公の運命が、あっさり変わってしまう。良かれと思って選んだ行動が悲劇を招くあたりは、何とも心憎い。加えて、[隆士]の姉は別な主人公の想い人であり、同じ元カノを持つ主人公もいる等、脇役を通しても繋がり出し、運命はまたあっさり変わる。そしてこの街にいるのは、主人公達、その家族や友達、同僚だけではない。ほとんどは名前さえわからない、ほんの少しの間一緒に過ごすだけの人達。同じ交差点を歩いてたり、同じ店で買い物してたりするたくさんの人、人、人。そんな群衆の人々の行動も影響し合い、運命は変わっていく。


「街」には人物や言葉を説明する用語集のようなもの、「TIP(ティップ)」が存在する。これがゲームを解くヒントとなっている。落としたお金を拾ってくれたいい人が、実は小銭をちょろまかしていた、とか。仕事熱心なお巡りさんが、実は警察官でも何でもない、とか。プレイヤーは主人公達が知らない情報もTIPから得ていく事となる。そうして、たくさんの人々の行動に想像力を走らせては、主人公達が行き詰まらないよう選択し、何とか5日間を過ごすのだ。


それぞれのシナリオをザッピングしていると、登場人物の持つ玉虫色の魅力に気付く。主人公の一人である[桂馬]は、必死に爆破事件の捜査をしている熱血刑事だが、別な事件に巻き込まれた主人公[馬部]からすると、追い詰められた市民を軽くあしらう冷たい刑事に見える。立場や役割だけではない、人の多面性が垣間見える。そう、この面倒くさいやつらは角度を変えて見る度、キラキラと輝きながら色を変える。

 

『誰もが皆それぞれの自分生きている』

   ~エンディングテーマ 鈴木結女「One and Only」より

 


群衆の中の一人一人にも、名もなき事件が、恋が、戦いが、繰り広げられ物語は紡がれている。ほんの一瞬すれ違った人にも支えられたり、ストレスを受けたりして、世界はつくられていく。


いてよし。どんな人も、いてよし、だ。


そんなメッセージをこのゲームからずっと受け取り続けている。

発売20周年おめでとう。これからもよろしく。