厚士と花火
1998年1月22日にセガサターンソフト「サウンドノベル 街 -machi-」が発売され、22年の時が流れた。長野オリンピック・パラリンピックが開催され、ドリームキャスト発売でゲーム好きは盛り上がったあの年だ。あの頃、少年少女だった人達もすっかり大人になった事だろう。
一年前、ブログに隆士の向かう場所について考察を書いた。
今回はそのちょっとした続き、隆士の父・高峰厚士について考えてみようと思う。
※以下、「サウンドノベル 街 -machi-」(SS)、「街~運命の交差点~」(PS)、「街~運命の交差点~特別篇」(PSP)についてのネタバレがあり、プレイ済みの方向けとなります。
渋谷の空に上がる美しい打ち上げ花火、どのシナリオもこの花火がラストを飾る。プレイ済みの方はご存知のように、この企画は厚士によるものだ。では、この花火で厚士が伝えようとしていた事とは?その想いに迫ってみよう。
所謂隠しシナリオである厚士の『花火』はとても短い。1日目の朝は、息子・隆士の夢から目覚めるシーンで始まる。夢に出る隆士は、話し方や画像から推測すると5歳くらいだろうか。仲睦まじく父子で花火をする姿が印象的だ。回想の隆士はずっとこの姿だ。隆士が22歳と3ヵ月で渋谷区松濤の家から飛び出す数年前には、ほとんど口もきかなくなっていたようだが、厚士の中にいる隆士はそれよりずっと幼い。厚士にとっての隆士は花火が大好きで、その花火よりもっと“おとうちゃん”が好きだった頃のまま止まっている。
恐らく厚士は、家庭の事を妻の霞に任せっきりだったのだろう。少々ステレオタイプな見方だが、会社での立場や家庭での振舞いを考えると、そう想像出来る。成長して体も大きくなり、やたらと格闘技を覚えたがる隆士に戸惑い、忙しい日々にかまけて、いずれ自分を越えていく息子から目をそらした。かわいい“隆クン”のままで居て欲しい、かなわぬ願望が夢には現れていた。
そんな二人の再会は最悪な形で終わる。
実際は3年ぶりだが、厚士にとっての隆士は5歳のままなのだから、20年ぶりに再会した、くらいの感覚だろう。隆士の目から心の叫びは読めても、寄り添う事は出来ない。寄り添うなんて一緒に住んでいた頃からずっとしていないのに、いきなり出来るわけないだろう。
厚士と隆士がお互いに“家”という狭い世界で無視し合ってきた年月は、重くのしかかる。
だが、家族って意外とお互いを知らないものだ。家庭の雰囲気が暗くなるのを気にして、真剣な話ほど避けてしまう。最後に向き合って話し合ったのはいつだろう。親の好きな食べ物や映画、尊敬してる人は?子供の親友、読んでる本ややりたい事……。ちゃんと答えられる大人に、今なれているだろうか。
コテンパンにされた厚士が病院で見たのは、いつもと同じ“隆クン”の夢だ。
あいつは、花火が好きだった。[4日目12:10]
去っていく隆士の背中を見送るしかなかった厚士に今わかるのは、ただそれだけ。
まだ息子と向き合えていた頃、一緒に遊んだ花火、一緒に見上げた花火、ただそれだけ。
だから、花火を上げる。そう決めた。
隆士の生まれた10月15日の夜8時きっかりに。
それは、とびきり大っぴらでとても微かな寄り添いの第一歩。
【余談】花火の手配をしたのは街NO.1有能の呼び声も高いヨツビシの佐久間くん。どんな指示も一晩でやってくれます。そして全ての間違い電話は市川に通ず。
どこに隆士がいても見えるように日本各地で花火を打ち上げたのは、厚士の「どこへ行ってもどこに居てもいい」というストレートなメッセージなのだと思っている。
奇しくも同じ頃、隆士は伍長からこんな言葉を受け取っていた。
男にとって、国とは、生まれたところではない。
育ったところでもないし、まして親兄弟のもとでもない。
己の、いるべき場所のことだ。[5日目17:00]
己の居場所を求めていた隆士は、かつての居場所であった故郷の渋谷へ吸い寄せられるように戻ってきた。そんな渋谷の呪縛から解放する言葉を伍長はくれた。そして、厚士も同じ想いを花火に乗せていたのだ。
そんな事は露知らず、渋谷で花火を見上げる隆士。
打ち上げ花火の音は遠いジブチを思い出させるものだったかい?
最後まですれ違ったままの厚士と隆士。
だが、すれ違いながらも二人は同じ方向を見ていたのかもかも知れない。
そして思い出す。「このゲーム、渋谷を出ると必ずバッドエンドだったんだよね」という事を。
※画像は「サウンドノベル街-machi-」より引用