ぼんくらガイダンス

ニッチな我らのニッチな適応術

隆士と花火

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サウンドノベル「街」、ゲームという枠を越えて大切な作品だ。1998年発売当時、主人公の中でも最年少の陽平と同世代だった私も、発売から21年が経った今となっては、最年長の市川と同世代だ。歳を取ると共に、主人公たちの不可解だった行動が理解出来るようになった反面、時代の空気感も薄れ、当時の感覚を徐々に思い出せなくなってきている。それはまるで、再開発で変わってゆく舞台の渋谷と同じように。だから今、考えを少しでも残しておきたい。発売から21年目の記念すべき日に、改めて街に関する疑問と向き合ってみようと思う。


ずっと読み解けていない謎、それは、渋谷を彷徨い続けた隆士は、5日目のあの時、一体どこへ向かおうとしていたのか、だ。

 

※今回の記事は、サウンドノベル「街」(SS)、「街~運命の交差点~」(PS)、「街~運命の交差点~特別篇」(PSP)の『迷える外人部隊』についてのネタバレがあり、プレイ済みの方向けの記事となります。

 

もちろんこの疑問、街をクリアした人は簡単に答えられる。明確な場所を書いてしまえば、隆士はアフリカへ向かおうとしていた。しかし、それは隆士にとってどんな場所だったのか、そして、同時に渋谷とは何だったのか。

 

渋谷で降りたことに深い意味はない。
少なくとも、俺はそのつもりだった。

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隆士はレジョンの休暇を利用し、生まれ故郷の渋谷に戻って来た。しかし、自分でもここに居る訳を把握できないでいる。では、そもそも、隆士がレジョンへ入隊した理由は何だったのだろうか。それには恐らく、父親の仕事が関係している。表向きは世界的家電メーカーでありながら、裏で軍需産業を担う企業に属する父親を隆士は心底嫌っていた。

 

【余談】隆士が正志に対し、「ヒミツに武器を開発してたんまり儲けてる死の商人」、と“幹部クラスに知り合いのいる企業”を説明するバッドエンド(NO.5)、これにゲーム開始早々遭遇した人もいるはず。他シナリオのバッドエンドで語っちゃうほど、おとうちゃんの仕事が嫌いな隆クン!

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シナリオ中、父親の職業について触れる場面は多い。隆士は父の仕事の裏側について話そうとしない母や姉に対しても嫌気が差していて、さらにその感情は、そんな父親の財力に守られ育ってきた自分自身にも向けられている。父親を受け入れられないその一方で、隆士の中に親愛の情も見え隠れするが、その気持ちを伝えることはない。隆士は父親の仕事の先にある現実を確かめるため、レジョンへ入ったのかも知れない。

 

かくして、父の造りし銃をとり、手を血で染めた隆士は、戦場を逃げ出した今も暴力から離れられず、渋谷を彷徨う。平穏な日本にいら立ちを覚え、チンピラとのケンカに明け暮れる。眠りに就けば、戦場のフラッシュバックに襲われ、遠く銃声を聞いた気がして目を覚ます。

 

隆士はPTSD(心的外傷後ストレス障害)を発症している。

 

何度も何度もケンカを繰り返すのは、格闘に集中出来る状態が心地良いからだろう。戦地の緊迫感を知った隆士にとって、平和で穏やかな渋谷は、残酷なまでに戦場を、そして自分の行いを思い出させる。渋谷は紛れもなく隆士の故郷だ。しかし、今はもう、家族やかつての友人と同じ場所にいても、同じ時を過ごせない。

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繰り返す問答に、決定的な答えを見つけ出せないまま休暇も終わろうとした頃、隆士の足は、ホームレス伍長の元へ向かっていた。同じ目をしてねぐらをさがすハグレ鳥の二人、伍長もかつては兵士だった。

男にとって、国とは、生まれたところではない。

育ったところでもないし、まして親兄弟のもとでもない。

己の、いるべき場所のことだ。 

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伍長の言葉で、渋谷もレジョンも自分の居場所ではない事を悟り、自分を縛る物は何もなく、自由だったことに隆士は気付く。全てをふっきった隆士はコインに行く先を委ね、南へ向かうと決めた。

なんなら、アフリカにだって 

隆士はその思いつきに浮かれた。〈国〉へ、〈己のいるべき場所〉へ帰りたい、だからアフリカに向かう。 

 

隆士はアフリカに自分の居場所を作ろうとしていたのだ。

 

隆士とアフリカを結びつけるもの、それは、隆士が犯した罪ではないだろうか。もしかしたら、自由になったその体で、罪滅ぼしを、真っ先にしたかったのではないか。

 

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渋谷の空に花火が上がる。その景色を隆士はどんな気持ちで見上げていただろう。ドンッと響いたあの音に振り返った時、その音は隆士の大好きだった花火の音として聞こえていただろうか……。

 

真っ直ぐに自分の居場所を求めた隆士、そんな彼に共感する人はたくさんいると思う。誰だってちゃんと居場所を持てているかなんて、きっと上手く答えられないはずだ。

最後に一つ、伍長の言葉を借りておこう。 

人間は、もともと、いい加減で、気楽なものだ。

人間がいい加減で、気楽に生きられる時代が、これからもずっと続いて欲しい。そう願いつつ、街について考えることも、ずっと続けてゆくとしよう。

 

※画像は「サウンドノベル街-machi-」より引用